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2005年11月22日 (火)

道徳教育

研究発表会では「ふるさとに学び、心豊かに生きる穆佐っ子の育成として、高木兼寛に関わる穆園学習や俵踊り、麦刈り、また地域の人々とのふれ合いを通して、郷土愛や感謝の気持ちなどを学ぶ子どもたちの様子」を紹介、発表するという。

「道徳」というとどうしてもうさん臭くなりそうだが、この穆佐にいるとこれらのことばが実感としてとらえられてしまう。地域性なのか非常に素直な子どもたちが多い。この穆佐小や高岡中も先生方の人事異動では競争率が高いと聞く。宮崎市という都市部に近い割には、子どもたちは素直で、保護者の協力も親切で、希望者が多いのだという。

先日ラジオでの話題らしいが、ある若いお母さんが「給食費を払っているのに、何故、いただきますをいわせなくちゃいけないの」といって、講演していた永六輔が絶句したという話を聞いた。お金優先、こころの貧しさ、冷たさはもちろんだが、食べ物に対する想像力の欠如を思った。動植物の生命をもらっていることへの恐れと感謝が完全に失われてしまっているのだ。

「病気を診ずして、病人を診よ」といった高木兼寛のことばはその対局にあると思う。自然を見るときも、個々の現象ではなく、そのなかに流れている心情(気持ち)や生命(いのち)を見ているのだろう。そんな見方が知らず知らずのうちに、穆佐っ子たちにはつちかわれるのかもしれない。地域や大人たちが自然や動植物に対する恐れと感謝を持ち続けていれば、道徳教育は普段の生活のなかに生きた教材をいくらでも提供してくれる。そんな環境を守っていく義務が大人たちにはあると思う。

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