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2005年12月 2日 (金)

会話力

私は会話が苦手である。生来の恥ずかしがり屋で無口である。引っ込み思案で、人前に出るのも好きではない。と、日本人の7割は思っているという。もちろん、私もそのひとりだが。だからこんなブログや書き物に手を染めるのだろう。オタクではないが、ひきこもりの要素は充分に備えている。

会話力を持ちたいと思う。地域力もそれなしでは成り立たない。コミュニケーションが大事というがなかなか難しい。同じ地域に育っても、人により、生い立ちや境遇、立場、考え方に違いがある。それらをどれだけ理解できるか、まったくもって自信はない。家族も同じである。共感できたと思っても、勝手にこちらが思い込んでいる方が多いのかもしれない。

会話が成り立つためには、「自分が好きだ」という自尊感情が必要ではないかと思っている。どんな人?どんなこと?何を感じたの?そんな疑問や応答のできる必要条件に、自尊感情があると思う。自虐的な人や自分を卑下する人、あるいはまったくその逆の人との会話は長続きがしない。

自分が好きだということは一体どういうことだろう。自慢とは違う。それは自分がいることで、周りの人の役に立っているという意識ではないだろうか。ボランティアの快感もそこにある。相手に対しても、そう思わせることが大事だろう。「アンタがいるから、大助かりだよ」といえば、本人も悪い気はしないし、聞く耳を持つというものだろう。そこに会話が成り立つような気がする。夫婦、親子、先生と生徒でも同じだろう。

会話力を鍛えるためには、自尊感情をいかに深められるかにかかっていると思う。それがネットワークの究極だろうし、大げさにいえば生きる意味でもあるような気がする。自分が何をしたいか、ではなく、自分に何を求められているかということだろう。その模索が「自分探し」なのかもしれない。

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