サノボリ
この地区には「サノボリ」行事が残っている。従来は田植後に田の神を送る祭りであった。サノボリのサは神々の総称であるから、サのつく信仰行事は多い。だからサノボリは、田植えを終え、田の神が帰り上がることだともいわれている(関東以北ではサナブリとも呼ばれている)。田植仕舞いの直会(なおらい)または休日のことでもあるが、今ではほとんどの農家が早期栽培で稲を植えているので、実際の田植えは3月頃には終わっている。今はもう青々とした稲が伸びている。ただこの時期に行う風習だけは生きている。
今年は22日の日曜日であった。この日は早朝に近くの学頭橋で水神様への神事が行われ、その後、穆佐団地センターで地区民の球技大会(ミニバレーボール、ゲートボール)が催された。午後からは各班ごとに分かれて宴会がくりひろげられた。私も今年は班の世話役が回ってきている関係から、その準備で朝から大忙しであった。このサノボリ行事は、いってみれば、年に一度の地区親睦会である。かつては田植えは共同作業であった。「結(ゆい)」ともいわれ、日を定めて一家総出あるいは村総出で行われていたのである。そのつながりを確認する意味は今でも残っているのだろう。
球技大会には中学生から、もちろんお年寄りまで参加する。年々参加者が減ってきているとはいえ、総員150名ほどは参加しただろうか。小さい頃から知っている子どもたちが成長し、あるいは社会に出て、久しぶりに出会う場でもある。私もこの地区に住んで15年以上が経過したので、子どもたちの顔はだいたい覚えている。顔と名前の一致しない人たちもまだいるにはいるが、班ごとにチームを組んで競い合うので、チーム名でだいたい何処に住んでいる人かはわかる。
この地区ではまだ3世代同居も珍しくはない。新しい家族も増えている。煩わしさもなくはないが、いろいろ話し込んでいくと、異業種の交流という意味でも、面白い話題や新しい知識が増えたりする。それぞれがそれぞれの場で苦労している話しを聞くと、また励まされたりもする。水神祭りでいただいた御幣を近くの畦に差したが、やはり豊作や家内安全を祈らざるを得なかった。
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