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2009年6月 7日 (日)

運動公園駅

Img_3958 木花の運動公園駅は、片面単線だけの小さな無人駅である。簡易な上屋が有るだけで、改札口もない。駅舎の階段を上がると近距離きっぷの券売機が設置されており、もちろん電車が近づいても警報や放送もない。1日の平均乗車人員は58人とある。

先日、その運動公園駅から乗車する機会があった。土曜日の昼下がりであったが、高校生らしい乗客が数人いるだけで、それぞれケータイを操りながら、電車が来るのを待っている。実にのんびりした光景である。ホームに風が吹きわたり、静かである。

そのプラットホームの前面に広がる青田に見とれた。青々とした田の向こうには、加江田渓谷の双石山、花切山、斟鉢山の山並みが坐している。初夏の風がそよぎ、その風に青田が波打っている。風と青田が戯れている。風が吹くたびにところどころの青田が白くひるがえり、山の方角に向かって誰かが通り過ぎているようにも見える。

自然の風景は見ていて飽きない。明るい日差しと空に浮かぶ雲、青田の緑に、山の陰影。ふと気づいたのは広告類がまったくないということである。たまたま田園には人影もなく、農機具の姿もなかったが、それが自然の存在感を高めているのかもしれない。

とはいっても、風景は人の力で出来上がる。この青田にしても、山(樹相)の姿にしても、すべて人の力が加えられて風景が作られている。コツコツと大地を耕し、田植えをしてきて、あるいは植樹や枝打ち、下刈を繰り返してきて、これらの風景は出来上がるのだ。そこに人の気配を感じるから、暖かみも抱くのであろう。無意識のうちに人の姿を想定している。

しかしそれをさせているのは、ひょっとするともっと大いなるものなのかもしれない。蟻や蝶が動き回るように、私たちも無意識のうちにいろいろな行動を取っている。さきほど田の上を通り過ぎていったのは、この実相を動かしている大いなるものだったのかもしれない。

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