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2009年8月 1日 (土)

真空管アンプ

Caun3120年来、真空管アンプを聴いている。
自作することはないが、手作りの温かさ、形のやわらかさ、点灯するほのぼの感は音の表情にも表れる。主にジャズとクラシックを聴いているが、音楽というより、シングルトーンの、あるいはシンフォニーの、音の実在感に想像力を刺激される。

 ことばと同様、ひとつの音階、音調が、次へと展開するときの、こちらの想像力を越えたものに出合った時の、感動みたいなものがたまらない。その感動や調子は文体にも影響してくる。音楽をよく聴いている時は、文体も躍動感にあふれ、多彩になってくる。いわば、ノリというやつである。最近、Mc275_2 音楽を聴かなくなって、どうも文章を書くのが億劫になったような気がする。

最近、あまりオーディオを相手にする時間がなくなったこともある。
オーディオルームを子ども部屋に明け渡され、リビングに置き換えたことで、ひとりボリュームを上げて聞くわけにはいかない。まして真空管は暖まるまでに時間がかかる。よほど家人が留守で、たっぷり時間がないとオーディオに向かう気はなくなる。それに夏場は窓を開け放しているので、ボリュームを上げると近所迷惑が気になる。それと実は中古品を使っていたので、故障が頻発し、壊れたままになっていたのである。

Cavt88_2 この三日間、夏季休暇を利用して、思い切ってオーディオを買い替えた。なにしろパワーアンプはトランスが重くて30kgはする。簡単には動かせない。暑い中、汗だくになりながら、ラックを動かし、結線を外し、たまった埃の掃除をしと、それこそ、家人が留守でないとできない。贅沢なことだが、すべてを忘れ、ひとつのことに没頭できる時間は貴重である。

プリアンプはカウンターポイント3.1を愛用しているが、パワーアンプは以前ウエスギのBROS-10から、マッキントッシュ275に買い替えた。中古品ではあったが、評判のアンプでもあり、確かに音は濃密で、ラッCavkt88_2 パの音も、弦の響きもリアリティがあった。何より、その臨場感は演奏の現場にいるようで、ひとり悦に入っていたものである。あまりにも心地よいと、つい眠ってしまうが・・・。

ところが、そのトランスがちょっとした誤操作でショートし故障してしまった。交換品を探してもらったが見つからなかった。しかたなく馴染みのオーディオ店に置いてあったCAVのT-88に買い替えた。同じKT-88を使ったインテグレーテッドアンプである。現在、真空管の製作は中国が本場で、これも中国で作られたらしい。なんでも、ある飛行機のパイロットの趣味が高じて、このPios969_2 アンプを製作したという。まだエージングが効いていないので、なんとも言えないが、値段の割には作りは重厚で、3極管と5極管の切り替えができ、多彩な音色が出せそうである。

また、CDプレーヤ(マランツCD-15)のピックアップも故障して、使えなくなっていた。これも交換部品がないということで、店に置いてあった中古品のDVDプレーヤーを購入した。パイオニアのS969AVIである。マランツも重厚で、変な話だが、何よりリモコンの形状が気に入っていた。形や感触が少しエロチックで、こんなリモコンは見たことがなかった。他の家電製品もリモコンの形状にもっと遊び心を持たせるべきである。本体の作りも頑丈でシンプルなデザインも気にいっていた。見た目も綺麗で棄てるのはほんとに勿体ない気がしたが仕方がなかった。

MC275やCD-15のように、評判の名器は永年使えるように交換部品の在庫を十分に確保してもらいたいものである。一部品がないために、全体を廃棄するのは実に勿体ない話である。さて新調したオーディオラインの肝心な音だが、はっきりいってまだわからない。できるだけ電源を入れてエージングに時間をかけようと思っている。音楽を浴びることで、海馬がリフレッシュすることを期待している。

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